少し揉めた。
時代は常に進み続けている。
技術革新は加速して5年も経てば当たり前のように新しいビジネスモデルや価値観が生まれ、経営環境や業務環境は大きく変化する。
そのような中で、変化に適応できるかどうかは、個人にとっても組織にとっても「自分の居所」を左右する極めて重要な要素となっている。
実際、歴史を見ても変化に適応できなかった企業や人材は市場から姿を消してきた。
一方で、変化を捉え、新しい価値を生み出せる者は成長し続ける。この構造は今後さらに顕著になるだろう。
にもかかわらず、多くの組織において、変化に適応できているとは言い難い高齢層の現場責任者たちがいる。このような方が重要なポジションを占めている現実がある。
経験はあるが、考え方ややり方が過去に固定されており、新しい時代にフィットしていない。
そのような状況に対して違和感や不満を抱く人は少なくない。
実力や人望があるなら問題ない。
しかし、経験だけでポジションに居続け、変化に対応しないのであれば、その経験はもはや価値を持たないのではないか?という疑問が私の中にある。
ではなぜ、組織にこのような状況が生まれるのか考えてみた。
その背景には、組織という存在の特性が大きく関係している。
まず第一に、組織は本質的に「成長」よりも「安定」を優先する傾向がある。
企業にとって最も避けるべきは急激な崩壊であり、そのためにはリスクを最小限に抑える必要がある。過去に実績を上げてきた人材は、少なくとも大きな失敗をしにくいと判断される。
その結果、革新性よりも安定性が評価され、ポジションが維持されやすくなる。
第二に、多くの組織では評価軸が過去に依存している。売上を作った実績、長年の勤続、社内での影響力といった要素が重視され、「これから何ができるか」よりも「これまで何をしてきたか」で評価が決まる。
この評価構造の中では、過去の成功体験を持つ人材が優位に立ち続けることになる。たとえ現在の環境に適応できていなくても、過去の功績によってポジションが守られるのである。幹部になるならいいが現場の責任者、これは良くない。
第三に、経験そのものが持つ二面性も見逃せない。経験は本来、意思決定の精度を高め、再現性を持った行動を可能にする強力な武器である。しかし同時に、成功体験が強固になるほど、人はそのパターンに固執しやすくなる。過去にうまくいった方法を繰り返そうとし、新しいやり方を受け入れにくくなるのである。これは心理学的にも自然で、むしろ多くの人が陥る現象である。結果として、経験は適応力を高めるどころか、変化への抵抗要因となってしまうことがある。
さらに、組織は急激な世代交代を行うことが難しいという現実的な制約もある。
仮に一斉に高齢層を排除した場合、長年蓄積されてきたノウハウや暗黙知が失われるリスクがある。
また、現場の運営そのものが混乱し、短期的には大きな損失を被る可能性も高い。
そのため、たとえ非効率であると分かっていても、段階的な移行を選ばざるを得ない。
これは合理性というよりも、リスクマネジメントの問題である。
しかし、ここで重要なのは、「若い=正しい」「高齢=不要」という単純な二項対立ではないという点である。
若い世代にも課題がある人は存在する。
経験を軽視し、理想論だけで物事を語る、あるいは再現性のない施策に依存する場合、結果として組織に損失を与えることになる。
変化を求めること自体は正しいが、それを実行し、成果として定着させるためには一定の知識と経験が必要である。つまり、問題の本質は年齢ではなく、「適応力」にある。
適応力とは、単に新しいものを受け入れることではない。過去の経験を土台にしながら、それを現在の環境に合わせてアップデートし続ける能力である。学び続ける姿勢を持ち、変化を前提として思考し、自らの行動を修正できる人材は、年齢に関係なく価値を持ち続ける。一方で、過去に固執し、変化を拒み、学習を止めた人材は、たとえ若くても淘汰される可能性が高い。
したがって、「席を譲るべきか」という議論は、本来「年齢」ではなく「適応力」で判断されるべきである。変化に対応できないのであれば、そのポジションに留まるべきではないという考え方自体は合理的なはず。
しかし現実の組織は、必ずしもそのように合理的に動くわけではない。感情、慣習、政治的要因など、様々な要素が絡み合い、非効率な状態が維持されることも多い。